慶応大学商学部教授 清家篤
日本は今、世界に類をみない高齢化に直面しています。日本の高齢人口比率(総人口に占める65歳以上の人口)は19%と、すでに世界で一番高い比率です。高齢化はさらに進行し、2014年には25%を超え、人口の約4分の1が高齢者になると予想されています。また、高齢人口比率が7%を超えた社会を「高齢化社会=Aging Society」といい、14%を超えた社会を「高齢社会=Aged Society」といいますが、日本の場合、大阪で万国博覧会が開かれた1970年に高齢化社会の仲間入りをし、1994年に高齢社会になりました。その間は約25年、4分の1世紀ということになります。これを他国と比較してみると、ヨーロッパでは高齢化社会から高齢社会への移行期間がおおむね40年から60年、平均すると2分の1世紀となっています。したがって、日本の高齢化は他の国の2倍の速度で進んでいることになります。つまり、日本は高齢化のレベルが非常に高いことと高齢化のスピードが非常に速いという点において、世界に類をみないということができるのです。
この高齢化をもたらす原因が長寿化と少子化です。2003年時点で日本の男性の平均寿命は78歳、女性は85歳です。終戦直後の平均寿命は男性が50歳、女性が54歳であったことを考えると控えめに見ても1年で0.5歳ずつ寿命が延びていることになります。一方、少子化の影響で若い人口は減少しています。現在、日本の合計特殊出生率は1.32で、2006年からは寿命が延びても総人口は減少します。こうした人口構造の変化は、医療も含めたさまざまな仕事や産業のあり方にも大きな影響を与えるもの考えられます。とはいえ、高齢化や少子化は先進国に共通に見られる現象で、一概に悲観すべきことではありません。経済学的に言えば、長寿化は経済発展なくしては実現できないという意味において、社会の成功の結果でもあるのです。特に長寿化は、今までどんな社会も経験したことのないことを日本がやり遂げたという証でもあり、このことを本当の意味で喜べるような社会にすることこそが大切です。
こうした人口構造の変化にともなって、社会保障制度の抜本的な改革が迫られています。現在の社会保障制度は、若い人たちの負担で高齢者を支える仕組みです。公的年金制度は、現役世代が納めた保険料をそのときの高齢者の給付に振り向ける賦課方式であるため、負担する人が減り、もらう人が増えれば当然逼迫してきます。一方、医療保険は賦課方式ではなく、病気にならなかった人が病気になった人のコストを負担する制度です。しかし、実体としては高齢者の方が病気になりやすいことから、結果的に若い人が高齢者を支える仕組みになっています。その上、年金や医療・介護を頼りに生活する人はさらに増えていきます。したがって、社会保障制度をしっかりと維持可能な制度にしていくことは以前にも増して重要なのです。そこで近い将来、年金支給年齢は65 歳に引き上げる等の対策がとられています。活力ある高齢者が多い今、引退の年齢を5 年延ばすことはそんなに無理な注文ではないはずです。加えて、女性を社会保障の支え手として活用することも必要です。男女にかかわらず、年を取っても働く意欲と能力のある人には現役で働き続けてもらい、高齢者自身がさらに上の世代の高齢者の支え手となることは社会保障を維持する上で大きな力となります。雇用の面でも、若い人を安い賃金でたくさん雇う従来型のシステムは難しくなり、中高年の人材活用が今後の企業や病院経営の課題となります。同時に、中高年の人材を活用しても、企業や組織にとってあまりコストが高くならないような、年功によらない賃金・昇進体系も必要となってきます。また、消費者という点では、高齢者は大切なお客様でもあります。これからのビジネスは、唯一人口が増えていく高齢者の需要を満たすサービスへとシフトしていくものと思われます。
一方、個人の人生においては、長生きは素晴らしいことである反面、リスクも抱えています。一つは長生きをした分生活費がかかる「所得のリスク」です。それと、肉体的な衰えによる「疾病や介護のリスク」、家族や友人に先立たれる「孤独のリスク」です。その対応の仕方は人によりさまざまですが、一つの対処方法としてストックをためておくということが挙げられます。これには、お金や物といった形でのストックと、能力や体力等の人間的な形でのストックがあると思います。お金や物のストックについては、体力的に働けなくなったときに証券や株式等の債券に投資することでリターンを得るなど、金融ストックの活用が考えられます。その他にも、持ち家を担保とした資金調達を老後の支えにするなど、不動産もストックとなり得ます。もう一方の、人間的ストックについては、例えば、自分の中に仕事能力というストックをためておけば、年を取っても働き続けることができます。自立して生活できるための生活能力、そして余暇を楽しむ能力なども同様です。そして、「孤独のリスク」に備えるためには、年を取っても人脈を広げていくことが大切です。隣近所や職業集団の仲間も含め、新しい友達や知り合いを作り続けることがリスクへの備えとなります。
いずれにしても、長くなった人生を充実したものとするためには、長期化する職業人生と消費人生、社会人人生を有意義に過ごすことが大切です。消費人生を考えた場合、スポーツでも文化活動でも余暇を楽しむためにはそのノウハウが必要といえます。また、社会人としての人生を考えた場合、時間的な余裕ができて社会活動に参加する際にも、ある程度の土地勘や地域とのつながりが必要です。他方、職業人生が長くなると、他方で市場競争が激しくなります。これに個人が対処していくためにはプロフェッショナルとしての能力が身に付いていることが必須です。こうしたことから、個人の能力開発は今まで以上に大切になってきます。看護師・医師等の専門職の場合、一般のサラリーマンより有利であることは間違いありませんが、専門性を生かしながら60代の半ば、あるいはもっと先まで雇い主に必要とされる能力を高めていくことが、人生を豊かに生きる上で大切な力となっていくことでしょう。
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